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最近の検察はおかしいぞ

JR西日本の社長が業務上過失致死傷害で起訴とは驚きである。多くの方が亡くなられた痛ましい電車事故。社長としての道義的責任は十分にあるのは当然としても、起訴の二文字には首を傾げざるを得ない。どうも最近は、法解釈よりも世論が優先すると言う風潮が多く見られる。しかしこれは、よく考えると大変危険なことだと言わなければならない。管理、監督責任が業務とされたら、組織のトップにいる人達は、組織のすべての人の違法行為を実刑として一緒に受けなければならないと言う事となり、冗談はやめてくれと言う話になる。自動列車停止装置の設置を怠ったと言われても、事故当時には設置義務はなく、カーブが出来てから、今までに60万本の電車の通過があったが、一度も事故はなかったそうである。この状況で、神戸地検が社長に、この罪名を当てはめるのだから、驚きである。交通事故の場合は、すべて、業務の該当者は運転者であり、電車と言えども同様で、亡くなってしまった、電車の運転手に、この業務が当てはまるはずである。社長としては、遺族補償にその責任が、100%あるだけで、運転者が亡くなってしまったから、遺族感情、国民感情を考慮して、社長を起訴すると言うには、法及び法手続きに対する破壊だと思う。勿論、裁判で無罪になったとしても、起訴の事実は消えるものではなく、汚点として永久に残ってしまうものなのである。小沢秘書のいきなりの逮捕といい、厚生労働省の、女性局長をこれ又、いきなり逮捕したことといい、どうも最近の検察の動きは、理解に苦しむことばかりである。国民感情として普通に考えると、こんな大きな事故だったんだから、社長が起訴されて、拍手喝采となるかも知れないが、会社や組織のトップにすれば、これでは、危なくて、あるいは馬鹿らしくて、責任者なんかやってられないと言う思いになるであろう。それとも、最近の検察不信に対する、世論に考慮しての今回の社長起訴だったのだろうか。新しい判例を作ることは簡単ではあるが、人を奈落の底に突き落とすことになる法解釈は、権力者や世論に惑わされることなく、やはり原理原則で行わなければ、天下のご正道と万民は守れない。

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