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無差別殺人の闇

大阪のパチンコ店で又起きた無差別殺人。あらゆるものが嫌になり自暴自棄になっての凶悪犯罪である。年間自殺者3万人の自殺の枠を超えた、許すことのできない一種の自殺行為とも考えられる。こんな考えられない社会にいつから日本はなってしまったのであろうか。誰でもいいから殺したいとは、辻斬りのようではあるが、辻斬りには刀の切れ味を試したいとの僅かばかりの意味合いもある。しかし、包丁やガソリンによる無差別殺人には、人を殺す動機は、常識的にはまったくない。精神異常者でもない普通の人達が、簡単に人を殺す社会を一体どうすれば良いのかと思い悩む。小泉内閣以来の、植民地経済政策のツケが、この格差社会、失業社会を生み出してしまったことは間違いないところであろうが、それと戦後教育の失敗が、半世紀以上経った今、明確に表れているのだと思う。自由主義や民主主義や個人主義は確かに耳触りが良く、バラ色の世界があるように見えるが、よくその本質を見つめてみると、手前さえ良ければいいのだとエゴイズムと表裏一体の関係にあるように思う。弱肉強食の世界は、動物ばかりでなく人間にも現実としてあるものであり、問題は日本人の大多数が、弱肉の立場に追い込まれてしまっていると言うことなのである。収入が少なく結婚も出来ない若者が急増し、家庭での殺人ゲームが趣味の集団行動の素晴らしさを知らない子供たちが、人の命を安易に考えている節がある。ゲームでは、殺しても又生き返るが、実際の殺人では、そうはいかない。とにかく一刻も早く無差別殺人など起こさせない日本にしなければならない。そのためには、若者が夢を持てる社会、失業や格差の不安のない日本を築かなければならない。教育も学校ばかりに責任があるのではなく、明るく安定した家庭の存在に、その原点があるのであり、産み育てる母親にこそ、子供の心を左右する影響と責任があるはずと思う次第である。警察は現象面としての犯罪には対応できるが、犯罪の闇を防ぐには、政治と家庭に、その答えがあるはずである。収入が安定すれば、人は安心するであろうし、尊敬する両親の顔が浮かべば、子供は犯罪に手を染めることはないはずである。

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