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頭山 満先生の書

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今年もあと数時間で終わろうとしています。一年間有難うございました。近年、日本の国もあまり良いことはなく、来年は昇り竜の良い年でありたいものですね。この掛け軸は国士舘大学の恩師であられた河野通明先生から先生の形見として私が頂いたものです。書かれたのは国士舘創設の功労者でいらっしゃる、頭山 満先生で「無一物 処 無尽蔵」と表されています。

弘忍禅師には700名の弟子がいました。その中から自分の後継を決めたいと考えていました。そこで禅の真髄にかなったものに印可を与えることにしました。弟子達は皆、それぞれに偈を示しました。筆頭門下生であった神秀の「時時勤払拭」(時時に勤めて払拭せよ)の偈(禅の心をうたった詩)を弘忍禅師は称賛しました。弘忍禅師の後継は神秀だと誰しもが思ったのです。

しかし、このことを聞いた後の慧能禅師は、神秀の偈は、まだ十分ではないと批判したのです。だが、慧能には学問もなく文字もよく書けません。そこで自分の心境を人に頼んで書いてもらい神秀の偈の横に貼り出したのです。

  菩提本無樹  明鏡亦非台  本来無一物  何処惹塵埃

「菩提という樹も明鏡という心もない、菩提もなければ煩悩もない、本来無一物、塵埃の寄りつくところもないから払拭の必要もない。」と詠んだのです。

これを見た門下生達は驚いたのです。禅の絶対性が書かれていたからです。弘忍禅師の正統が慧能禅師に継承された瞬間でした。慧能の禅が南方で栄えたので南宗禅といわれ神秀の教えが北で広がったので北宗禅と呼ばれています。私も考えてみましたが何も神秀の教えが単に不十分と言うのではなく厳しい課程、つまり修行によって到達した頂点から、さらに発展して慧能の示す禅の真髄に迫れるものだと思います。ですから神秀の教えを経ずして凡人が、いきなり慧能の説いた禅の奥義を極めることは困難だと思います。そんな禅の世界を背景とした、この頭山先生の掛け軸、素晴らしいものであると思います。

「一切の執着心のないところに自由で無限の世界が存在する。」

「何もない心境だからこそ、全宇宙も自分のものとなる。」

まさに頭山先生らしいスケールの大きな世界が描かれていると思います。この書は、頭山先生が大正時代に河野家に贈られたものとのこと。軸には明治、大正の志士、頭山 満翁と添書きがされています。新年を迎えるにあたり、この見事な書を全国民に伝えたく紹介させて頂きました。

どうか皆様、来年こそ良い年であります様、祈っております。

                        しぶい はるお

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