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スカイツリーと日本王国

堅実な東武鉄道だから出来た事業である。私の祖先は、関東攻めで、上杉謙信に従って羽生に土着した渋井越前です。ですから両親の墓も行田にあります。行田市の傍の、さきたま古墳が、邪馬台国とは別の日本王国であることが、中国の書に記されているそうですが、やはり、さきたま古墳は、その古墳群の規模からして世界遺産になっても可笑しくはないと思います。雄略天皇の親衛隊長と思われる人の鉄剣が出土しているところを見ると、日本王国は大和朝廷を守る関東の武士団であったのではないかと思います。武蔵とは、武士が草むらに隠れると言う意味で、まさに634メートルのスカイツリーは、日本王国を表していると言えるのではないでしょうか。埼玉の語源である、さきたまは、本来は幸魂が変化したもので、荒魂と並立する神の領域を意味するものなのです。神様には、この幸魂と荒魂の両方の精神構造があるのです。ですから埼玉県は荒川が流れており、とかく災いを招く、荒魂を喜ばせ、その災いを防ぐためには、激しい神輿祭、等が必要とされるのです。そんな日本王国に縁のある東武鉄道が繋いだスカイツリーは、関東武士団の象徴である様な気がします。・・・・・。私の祖父は明治38年に米屋を廃業し、本所吾妻橋二丁目に転居して来たのです。その後、私の父は、太平警察署に勤務しておりましたが、昭和20年3月10日の東京大空襲で、家は焼けてしまいました。それでも私の本籍地は、今でも吾妻橋二丁目です。こんなことを言っては何ですが、下町地区を狙った、この東京大空襲では、十万人も亡くなってしまったのですから、ある面では、スカイツリーは、その慰霊塔である様にも思えます。このスカイツリーで、東京と北関東が活性化すればいいのですが、東京は客が来たのは浅草だけでは困ります。昼間の浅草は確かに活気がありますが、午後8時を過ぎると人影は、まばらです。それと、業平、押上の地元商店街に観光客が流れるのかどうか、そのあたりも未知数です。人通りが絶えない、銀座や新宿とは言わないまでも、浅草は、江戸の昔の猿若町に戻ってもらいたいものです。

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