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歴史認識は国家の自由

韓国や中国ばかりか今度は米国までが日本の歴史認識なるものを問題にしはじめた。もう戦後68年も経つと言うのに。過去のあらゆる歴史においても戦争は政治の最終手段であり犯罪や侵略であろうはずがない。先進国の多くが、その事実を歴史で証明しており、先の大戦での日本のみを侵略者扱いするのは筋違いも甚だしいところ。大英帝国は日の没する時がないほど世界に植民地を持ち、ロシアも北半球の大地主、米国やフランス、そしてオランダもアジアやアフリカに植民地があり、それは明らかに侵略によって得たもの。マルクスが社会正義によって階級闘争を容認するならば、国際間の階級闘争たる戦争を否定することは、それこそ矛盾となる。と言うことは、日本に対する歴史認識なるものは単なる言いがかりに過ぎず、その裏側には日中韓の対立を続けさせなければならない米国の魂胆が黒子の様に見て取れる。張作霖殺害もハルノートも真珠湾攻撃も欧米工作員達が仕掛けたもので日本が侵略したなどとは片腹痛い。日本は階級闘争たる戦争に敗れただけのことで、日本が政治的に犯罪を犯したことではない。A級戦犯なるものも一方的な極東軍事裁判が定義したもので、日本側が当時の政治主導者を犯罪者と決め付けたものでも何でもない。靖国神社に合祀しようとしまいと、それは心の世界、良心の自由で他国が、どうこう言えるものではないはずである。それぞれの国家が、それぞれの意思で国のために亡くなった方を尊敬する行為、方法に異論を唱えること自体がどうかしている。日本が戦争に敗れたことは事実であるが、それは犯罪ではない。大東亜戦争のみが犯罪であるとするならば、日本のために勇戦奮闘された600万将兵も、すべて犯罪者と言うことになる。そんな馬鹿なことはない。日本は戦争はしたが、それは侵略ではなく、戦略であったにすぎない。日本の自虐史観はGHQの占領政策の目的であり、こんなものに、いつまでもつき合わされていたら、それこそ日本民族は滅んでしまう。欧米のアジア分断政策に騙されることなく、中国も韓国も、しっかりと日本と手を組むべきである。本来、国家の自由であるべき歴史認識などを国際政治の舞台で悪用することなど男のすることではない。

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