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簡単に人を殺す少年達

人を殺すと言うことは余程の怨念か、裏で莫大な利益が絡むことでもなけれで、考えられなかったこと。それが16歳の少年達が、いじめの延長のようなことで殺人を起こす社会になってしまった。一体、何が原因なのだろうと考えるに幼少の頃から、争うことに慣れておらず、喧嘩慣れしていないことにあるのてはなかろうか。喧嘩慣れしている人は、怒りにもきちんと計算がなされていて、自分でも、よく理解しながら喧嘩をするものである。暴力団抗争でも、相手組織のトップの命は、全面戦争を覚悟しなければ取れないものであり、暴力団であっても喧嘩のルールはあるのである。ところが近頃の子供は、まるでゲーム感覚の様に子供を殺してしまう。思うに、今の時代は、子供の世界に幼少の頃から、親や学校が、心配のあまり関与し、子供の喧嘩は悪いことだと決めつけ、子供に判断力を持たせなくなってしまっているのではなかろうか。先生は、子供が怪我をすれば訴訟事件になると、ビクビクし、親は、当然ながら、可愛さのあまり自分の子供は、犯罪でも起こさない限り、常に正しいと思っている。そんな社会に、もはや、子供達だけで判断する世界は存在していない。子供の喧嘩には親は出なかったものだが、それが親同士の喧嘩に発展する。喧嘩の判断がわからない子供が喧嘩をすれば、殺人になるのは避けられないことになる。日本の社会もバラバラで統率をとれる人材も不足している。子供世界も同じである。ある意味で喧嘩は、子供達にとってもコミュニケーションであったはずである。相手に怪我をさせない喧嘩とは、どんなものなのか、一度、文科省も教科の中に、喧嘩の科目を導入した方が良いのではないかと思う。

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