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王コミッショナーで決まり

それはそうである。バレンティン選手のバットが、真っ二つ折れても、ホームランとなる様な、秘密の飛ぶボールでなければ、王選手の記録が、簡単に、しかも18試合も残して抜かれることはなかった。こんな日本プロ野球界にとって大事なことを勝手に決めておいて、最高責任者であるコミッショナーが知らなかったでは、済むはずもないものを今まで、済ませていたのですから、一体どういうことなのだと、思い続けておりました。58号が出て、流石に、どうにもならなくなり詰め腹を切らざるを得なくなったと言うのが真相であろう。その、お詫びもかねて、王コミッショナーを満場一致で決めて差し上げなければ、それこそ仁義になりません。王選手が、コミッショナーを、たとえ辞退されようとも、ハイ、そうですかと引き下がってはなりません。大体、直ぐに、私がやりますと言うような人に、やらせてもらっても困るのです。人は心であり、すべての人に推挙されて、やって頂くことが、王道なのです。それこそ、お名前そのままで、解かりやすくて、誠に結構ではありませんか。それと、これからは、コミッショナーに強い権限を与えて頂きたいと思います。見ている限りでは、日本のコミッショナーは、お飾りで、球団のオーナーの方が、力が上では、王選手もコミッショナーになった意味がありません。とにかく、決定権はコミッショナーにあり、としなければなりません。新人の王選手を使い続けた水原監督も偉かったが、打てぬ苦悩の中から、荒川コーチから、早期の体重移動を目的として、伝授された、苦肉の一本足打法、これがなければ、今日の王貞治はあるまい。あれから、50年以上が経ちましたか、早いものです。私の本籍地は本所吾妻橋、王選手の実家は押上の中華五十番、今でも、お店がありますね。双子の王選手は、身体が弱く、お母さんが、押上から京成線で、柴又帝釈天に願をかけられたとのこと。ですから、今でも王選手は、毎年、帝釈天で除夜の鐘を突いておられます。今年も、いらして頂きたいと思います。王コミッショナーに期待をしております。

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